YUKIの毎日がチートデイな話 YUKIの毎日がチートデイな話

先輩プロボクサーが仏像彫ってます

2021年3月24日

こんにちは。毎日がチートデイのYUKIです。インスタで「たまにはプライベートを公開してほしいです」とご意見を賜りましたので、おっさんのプライベートを紹介させて頂きますw

昨日、京都でプロボクサー時代の先輩、河田さんにお会いしました。プライベートと言いながら、タモリチャレンジなのですが… まあでも、半分はプライベートです。

先輩の経歴は、8回戦ボクサーで最高成績は日本ランキング14位(たしか)のボクサーでした。ボクシングのランクは4回戦、6回戦、8回戦、10回戦と分けられ、上位になればなるほどに闘うラウンド数が増えていきます。4回戦とは3分×4ラウンド闘う事を意味しています。勝利数は勿論の事、3分×8Rも闘える心身が無ければそこに辿り着けないわけです。今の話からでもお察し頂けたかもしれませんが、先輩は強いボクサーでした。今日はその先輩との出会いを紹介したいと思います。

 

 

なんだ、テメエわ

金色のネックレスをして睨みをきかせる、到底カタギとは思えない先生がジム見学に行った僕にかけた言葉です。コンビニだと「いらっしゃいませ」、フィットネスクラブだと「こんにちは」が挨拶だと思っていたのですが、疑問形という新しい分野の言葉を投げられました。当時、あの状況でよくジム入門を決めたなと自分を褒めてあげたいw

中学時代は割と運動神経は良い方で体は筋肉質だった僕ですが、毎日先生にはディスられまくり… 泣いてないのに「へっぽこ泣き虫」のようなあだ名をつけられました。プロボクサーを夢見ていましたので、何を言われても辛い事はありませんでしたし、すぐにこの中で自分が一番強くなるんじゃないかなとさえ思っていました。そんな初々しい時期、初めて出会ったプロボクサーが先輩だったのです。

え?そんなにたいしたことなくねえ?

プロのスパーリングを目の前で見た時、「そんなにたいしたことない気がする」、僕はそう感じました。辰吉選手やユーリ海老原さんなどを観ていたこともあり、テレビで観る世界のスピード感をまるで感じられなかったのです。なんか泥臭いというか、華々しくないというか… これならすぐに追い越せるなって、根拠のない自信さえありました。

ボクシングで初めに覚える事ってなんだと思いますか?ジムによるかもしれませんが僕は縄跳びでした。ボクサーが飛ぶ縄跳びって500gあるんですね、びっくりドンキーのハンバーグが3個弱/片手になります。あれを3分間まわし続けるとね、当然ながら乳酸が溜まって腕があがらなくなるんです。あの時代ですから「痛くなってからやるのが大事」という非科学的な指導を受け、延々とロープ(縄跳び)をやらされ続けていました。勿論、否定的な考えなど微塵にもなかったと思いますし、むしろ、強くなりたい一心でした。そんな負けず嫌いを認められたかはわかりませんが、そこそこ早いスピードでワンツー(左、右パンチ)を教えてもらったと記憶しています。

初めてのスパーリング

ワンツーを覚え、サンドバッグやミット打ちなどができるようになった頃、初めてスパーリングをすることになりました。まずここで驚いたのがグローブの重さです。スパーリングの場合、16オンスという大きさのグローブを使用するのですが、両手をアゴの前に構えているだけでも辛いのです。この重いグローブを上に構えた状態のまま、フットワークを続けると体力の消耗スピードの早さに気づくことになります。戦闘態勢を整えるだけで必死だったのです。

初めての河田先輩とのスパーリングは、河田先輩はジャブやボディブローだけを使用できるというハンデ戦でした。僕は必至こいてワンツーを打ちますが一発も当たらず‥です。こちらが攻撃しているにも関わらず、攻撃を受けているかのようなプレッシャーと心身の疲弊により、僕はガードを上げている事さえできなかったと思います。

結局、最後は僕の右脇腹にボディブローを撃ち込まれ、ダウン… たしかそんなスパーリングだったかなと記憶しています。ぶっちゃけ、あんなのはスパーでもなんでもなく先輩からの指導ですね。プロが本気なら当時の僕なんて10秒あれば確実に倒されているでしょうからw

ちょっとだけ気づくプロのすごさ

ボディブローで倒され、プロのすごさをちょっとだけ知る事になりました。このグローブであのスピードのパンチ、体力、プレッシャー、なにをとっても異次元でした。

それらの驚きから始まり、この15歳~17歳の間、今後の人生において貴重な体験をしました。なぜなら、僕自身が成長すればするほどに河田先輩を遠くに感じたからです。

相手の能力は自分の能力が一定の水準に達しなければわからない

この時、学んだことです。自分が強くなればなるほど河田先輩との差が大きく感じるのです。この感覚を可視化させるのであれば、山なりのグラフになると思います。スタート時点で「プロはたいしたことない」と思い、ある程度強くなった時点で「存在を遠く」(頂)に感じ、そこから「勝負できるかもしれない」という曲線です。

あくまでも主観ですが、河田先輩を対等に考えられるようになったのは僕がプロになってからです。先輩の方が強かったと認めざるを得ませんが、勝負は出来ていたのではないかとこの時は感じていました。

そして、20年以上の時を経て先日河田先輩に会ったのです。20年前と変わらず沢山ディスられましたが笑

おまえは怖くない

一番凹んだ言葉です。プロアスリートとしてはダメですよね。でも、やっぱり20年の時を経ても、この人には敵わないやって思います。別に競うものでもなんでもないんだけど、自分でこの人の域に達する事は出来ないとわかってしまうのがムカつきますw 僕は人の影響を受ける事があまりないのですが河田先輩は刺激です。それで今、この人は仏像掘っているんですよ。ボクシングって純粋なスポーツとはちょっと異なる側面があり、やっぱり命のやりとりになってしまうんです。実際、河田先輩や僕の身近にもそういった悲しい出来事がありました。僕も含めて皆、命の覚悟を持ってリングにあがってはいるのですが、その現実を突きつけられた時、どれだけの人が格闘技を続けられるのか‥ こういった世界で生きてきた我々にとって「命」というテーマからは目を背ける事はできないと引退して尚考えさせられるのです。「我々だけ、我々しか」ではなく皆さんも「命」を考えるきっかけは様々あると思いますが、僕にとってはスポーツが起点だったという事です。

そんな世界を共にしてきた河田先輩は今、仏像を彫る仕事をしています。先輩らしいなと感じました。先輩の印象深い言葉を並べてみますね。

仏像に個性を出してはならない

深い事を言ってました。個性は自然と出てくるのものだから、との事です。

写実ではなく、象徴

この言葉も印象深かったですね。プロアスリートを経験した自分に欠落していたのは「理論」。感覚だけを頼りにしていた過去は、社会ではまったく通用しない事で僕は理論的になりました。

エビデンスはあるのか?

売上を確保できる根拠は?

会社の決まりだから

理論、根拠、決まり事、これらは悪い事ではなくむしろ良い事です。医師に根拠なくオペされたら嫌ですw 先人達の歴史が根拠となり、我々の今があるのですから。

とはいえ、「象徴」のように人に想像の余地を与える示しというのは、大切な事なんだなと先輩の言葉で改めて感じました。コロナ、AI、格差社会、食糧難、環境破壊、世界が混沌としている中、多くの人がメンターを求めています。そんな時に必要なのは理論正論ではなく「象徴」なのかもしれません。